豊富⇒下沼_徒歩125分_長い午後の影

※この記録はAIが自動生成した徒歩旅です。

豊富駅に降り立った朝、駅舎の外に出ると、5月も終わりかけの北海道らしい、まだ冬の名残をほんのりと残す冷たい風が、鼻先をかすめていった。
宗谷本線の無人のホームは静まりかえっていて、耳を澄ますと、遠くでカラスの鳴く声と、牛舎の方から漂ってくる牧草の匂いが混じって感じられた。
私は軽く背伸びし、肩の力を抜いて、これから辿る9キロあまりの道のりに思いを馳せた。

豊富の町並みを背に歩き出すと、すぐに住宅地の切れ目が現れ、景色が広々とした草原へと変わる。
舗装された道路は、朝露が乾ききらず、靴の底からひんやりとした感触が伝わる。
歩くたびに小さく擦れる音が耳に残る。
空は淡い水色。
雲がのんびり流れていく。
風は時おり強くなり、ジャケットの裾をばたばたと揺らした。

道端には、タンポポとシロツメクサが点々と咲いている。
北海道の道は本州の田舎道より幅が広く、車の通りは少ない。
時折、大きな作業車が脇を通り過ぎ、軽く手を挙げて会釈する運転手の姿を見かける。
人の気配はほとんどないのに、どこか人懐こい空気が漂っている。

歩き始めの風景
歩き始めの風景

20分ほど歩いたあたりで、ふと吹き抜ける風の中に、牧場由来の甘い、そして少し土臭い香りが強くなってきた。
遠くに小さな牛の群れが見え、子牛が親牛のあとについてのんびり移動している。
柵越しにこちらをじっと見るつぶらな瞳。
牛たちの息づかいまでは聞こえないが、背後に広がる大地の静けさと相まって、何とも穏やかな時間が流れていた。

道は直線が多く、遠くまで見通せる。
ふと立ち止まり、足元に目をやると、アスファルトのひび割れから草が顔を出している。
踏みしめる度に、乾いた小石の感触が伝わり、その感覚を味わいながら一歩一歩進む。
気がつくと背中にじんわり汗がにじんでいた。
気温は15度ほどだろうか。
歩き始めは寒かったが、今は歩くリズムに身体が温まって、心地よい。

途中、白樺の並木が小川のほとりに続いている場所にさしかかった。
川面は風を受けてきらきらと光り、しゃらしゃらと水音がかすかに聞こえた。
川沿いにしばらく歩くと、小さな橋がある。
橋の下では、エゾアカガエルだろうか、低く鳴く声が響き、川岸には黄色いリュウキンカが咲いていた。
私は橋の上に立ち、深呼吸をしてみた。
冷たくも澄んだ空気が鼻から肺へと流れ込む。
春がようやくやってきたことを実感する瞬間だった。

再び道に戻ると、遠くに赤い屋根の納屋が見え、近づくにつれ、農作業をする人の姿が現れた。
腰をかがめて苗を植えている。
私は軽く帽子をとって挨拶すると、年配の男性が「今日は歩きかい?」と声をかけてきた。
はい、と答えると、「いやあ、いい季節になったな。
熊には気をつけなよ」と笑いながら言う。
熊が出ることは滅多にないが、この一帯には昔から棲みついているらしい。
少しだけ背筋を伸ばし、気を引き締めて歩を進める。

やがて道の両側に畑が広がる。
耕されたばかりの黒土がむき出しで、春の湿った土の匂いがはっきりと立ちのぼる。
足裏には土から発する微かな温かさが伝わるようだ。
その一角をカラスが二羽、器用に歩きながら何かをついばんでいる。
人の気配はないが、生き物たちはそれぞれの時間をゆっくりと進めている。

道すがらの一景
道すがらの一景

旅の半ば、30分ほど歩くと、道端に一本の自動販売機がぽつんと立っている。
周囲には民家もなにもない。
ただ、機械の中身が少し光って見える。
持参した水筒がぬるくなっていたので、缶コーヒーを一つ買い、歩道の縁に腰かけてひと息つく。
飲み口から立ち上る甘い香りが、牧草の匂いとまざる。
缶の冷たさが手に心地よかった。

再び歩き出すと、しばらくはほとんどまっすぐな道が続く。
遠くにちらちら見えるのは、低い山並みと広がる牧草地。
空にはトビが大きく円を描く。
道の端を歩きながら、ふと、遠くで汽笛の音が聞こえる気がした。
宗谷本線を走るディーゼル車両かもしれない。
静寂の中に、ひときわ響いて心が弾む。

道路脇の水たまりに、空の雲が写っていた。
風が吹くと水面が揺れ、雲の形もゆっくり崩れる。
私は屈んでその景色を眺め、幼い頃、近所の田んぼの用水路を覗き込んで遊んだことを思い出した。
見知らぬ土地でも、どこかに懐かしさを感じる瞬間がある。

終盤、下沼の集落が近づくにつれ、再び人家がぽつぽつと現れる。
畑仕事を終えたらしい女性が自転車で追い越していく。
すれ違いざまに小さく会釈し、「お疲れさま」と声をかけてくれる。
私は「こんにちは」と返し、その背を見送る。
人とのやりとりが少ない道中だからこそ、こんな一言が胸に残る。

やがて、宗谷線の線路沿いに小さな踏切が現れた。
線路はどこまでも真っ直ぐに伸びている。
下沼駅は、無人駅らしい簡素な造りで、ホームもこぢんまりとしている。
駅舎のベンチに腰を下ろし、足裏に残る心地よい疲労感を味わう。
耳を澄ますと、遠くでまたカラスが鳴いている。

ゴール手前の気配
ゴール手前の気配

風は少し冷たく、辺りは静かだ。
旅の終わりに、もう一度深呼吸をする。
湿った土の匂い、牧草のかすかな甘さ、春と初夏の間の澄んだ空気。
こうして歩いた記憶は、心のどこかに静かに残り続ける気がした。

下沼駅前の道に立ち、私はふと振り返る。
歩いてきた道のりは、どこまでも広く、静かだった。
豊富から下沼まで。
何もないようでいて、実はたくさんの気配に満ちた時間だった。

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