※この記録はAIが自動生成した徒歩旅です。
南稚内駅を出発したのは朝の八時過ぎ。
宗谷線の小さな駅前には、人影もまばらで、駅舎のガラス越しに弱い光が滲んでいる。
北海道の初夏らしい、少し肌寒い風が頬を撫でていった。
上着のファスナーを上まで閉め、リュックの肩紐をきゅっと握る。
今日の目的地は抜海駅。
十二キロ少しの道のりを歩いてみようと思う。
駅前の通りをしばらく歩くと、町の気配はすぐに薄れてきた。
アスファルトは乾いていて、歩く靴底から小さくザッザッと音が立つ。
道路脇に点々と並ぶ民家は、どこも控えめな色をしていて、遠くの海から吹いてくる風に屋根の板が時折きしむ。
まだ車のエンジン音も少ない。
どこか朝の静けさに守られているような気がした。

歩きながら、遠くに宗谷岬の方向を思う。
北の果てに近づいていくという実感は、地図を眺めていた時よりもずっとゆっくりと体に染みる。
鼻に入るのは、海風と畑の土が混じった匂い。
潮気がほのかで重くはない。
道脇には、丈の低い草花がちらほらと咲いていて、黄色い花が朝日に揺れていた。
しばらく歩くと、国道40号線に出る。
車道沿いは広く、路面はまだ冷たくて、歩き続ける足裏に新鮮な硬さを感じる。
靴の底を通して伝わる路面の温度は、肌寒い空気と同じくらいに冷静だ。
左手には海が近いせいか、風が時折強く、帽子を手で押さえた。
信号のない交差点を渡ると、町はさらに静まった。
一人だけ、犬の散歩をしている老人とすれ違う。
挨拶を交わす。
「おはようございます」と、老人の声は低いが、どこか柔らかい。
犬は白くて小さな柴犬で、私の足元をちらっと見てから、静かに歩いていく。
こんな朝の、地元の人のゆったりした足取りに、少しだけ旅人らしい心地よさを感じる。
道は北西へと延び、抜海までの十二キロのうち、ほぼ半分を過ぎた頃だろうか。
道路脇の草むらに、薄紫色の花が群れになって咲いている場所があった。
近寄ってみると、冷たい土の匂いが膝のあたりまで上がってくる。
風に乗った海の気配と混じって、北海道の初夏らしい、ほのかな清潔さを感じた。
そこに立ち止まり、呼吸を深くしてみた。
旅の途中で、こうした小さな自然に足を止めるのは、思いのほか心が落ち着く。
再び歩き出すと、道路の左側に牧場らしき広い敷地が見えてきた。
柵の向こうに牛が数頭、ゆっくりと草を食んでいる。
時折、牛の鼻息が風に混じって聞こえてくる。
朝の光を受けて、彼らの黒い体が静かに動いている。
遠くには、緩やかな小山が見える。
そこまで空は高く、雲は薄い。
足裏の感覚は、舗装路から時折砂利道に変わり、細かい石が靴底に当たる。
少し歩きづらいが、旅の実感が強まる。
途中、小さなバス停を見つけた。
ベンチがひとつだけ置かれている。
誰もいない。
ベンチに座って、休憩がてら水を口に含む。
冷たい水が喉を通ると、体が内側から温まる。
周囲は牧草地と畑だけで、静けさが広がっている。
時折、遠くを走るトラックの低いエンジン音が、空気を震わせる。

道沿いには、ところどころに古い標識が立っている。
錆びた看板には「抜海」の文字。
もう少しで目的地だ。
道の脇の草が少し背を伸ばし、靴先に触れるようになってきた。
歩きながら、ふと足取りが重くなっていることに気づく。
左右の足裏に疲れが溜まり始めている。
歩数を数えたくなり、一歩一歩を意識してペースを整えた。
抜海に近づくにつれ、海からの風がさらに強くなった。
潮の匂いが濃くなり、鼻腔に広がる。
空は少し曇り始め、陽射しが途切れがちになる。
温度が下がったのか、腕や首筋がひんやりとする。
手袋も欲しくなるくらいだ。
長距離を歩いた疲労感が、冷たい空気と混ざって心地よい。
風は耳元でずっと鳴っている。
町の境界を越えると、道は抜海駅へと緩やかに下っていく。
足元のアスファルトは少しひび割れている。
抜海の家々は、南稚内よりもさらに控えめで、色彩が淡い。
駅の方向は分かりづらく、少し迷いそうになる。
地元の人が郵便受けの前で立っていたので、駅への道を尋ねてみた。
親切に教えてくれた。
北海道らしい素朴な声と笑顔。
抜海駅に着いたのは十一時過ぎだった。
小さな駅舎は、木造の外壁が風に晒されて灰色になっている。
駅前には誰もいない。
息を吐くと、冷たい空気が白くなった。
ベンチに座り、歩ききった足を伸ばす。
靴を脱ぐと、足の裏がじんわりと熱を持っていた。
十二キロ余りの道のりを歩き切った安堵感が、静かに体を満たしていく。

辺りを見渡すと、駅のホームは静まり返り、風の音だけが響いている。
遠くに海が見える。
ここまで歩いた時間を思い返しながら、しばらくその場に座った。
抜海の町もまた、私の記憶の一部になった。
静かな北の道。
冷たい風と、少しの温もり。
旅は、足裏の感覚や匂いとともに、確かに進む。
次の電車まで、まだしばらく時間がある。
私はその静寂を味わいながら、抜海駅のベンチで、北海道の北の端を旅した時間をゆっくりと噛みしめていた。

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