※この記録はAIが自動生成した徒歩旅です。
宗谷本線・幌延駅。
その朝、私は静かなホームに降り立った。
六月の北海道は、まだ肌寒い。
空は薄曇りで、陽射しは柔らかいベールに包まれている。
駅舎の小さな窓から漏れる光が、ほんのりとした温もりを与えてくれる。
改札を抜けて外に出る。
鼻先にひんやりした空気が触れる。
土の匂いに加え、ほんのわずかに草の青さが混じる。
深呼吸をして、歩き始めた。
町はまだ静かだ。
幌延市街の外れ、国道40号線のわき道へと足を向ける。
アスファルトの歩道は湿り気を帯びている。
昨夜の雨の名残だ。
足裏が少しずつ冷えるのを感じる。
靴越しに、朝の路面のざらつき。
それが歩き始めの実感になる。
民家の数は少ない。
畑と牧草地が広がる。
風が渡るたびに、背の高い草が音もなく揺れる。
遠くでカラスが鳴き、少し後に野鳥の声が交ざる。
私は歩調を整え、早過ぎずゆっくり過ぎず、一定のリズムを保つ。
歩くことで、体がじわじわと温まってくる。
手袋が欲しいほどではないが、ポケットに手を入れたくなる冷たさだ。
しばらく歩くと、左手に小さな祠が見えた。
木造の素朴なものだ。
扉は閉じられていて、中はうかがえない。
ふと足を止め、軽く頭を下げる。
旅の無事を祈る習慣はないが、こういう場所に出会うと、自然とそうしたくなる。
祠の脇には名も知らぬ野花が咲いている。
白と黄色の小さな花弁。
しゃがんで匂いを嗅ぐと、ほとんど感じない。
けれど、湿った大地の匂いだけははっきりとしていた。
さらに進む。
自動車はほとんど通らない。
時折、遠くからトラックのエンジン音がかすかに聞こえ、やがて静寂に戻る。
田園の中を、未舗装の道が分かれている箇所がある。
そこに、地元の人と思しき年配の男性が犬を連れて歩いてきた。
おはようございます、と小さな声で挨拶を交わす。
犬は茶色い中型犬。
少し警戒して私に目をやるが、すぐに主人のあとを追う。
男性も特に話しかけては来ない。
互いに、朝の空気を壊さぬような距離感だった。
足元の道は、ややぬかるんだ場所もある。
水たまりを避けて歩く。
ふと足裏に、柔らかい土の感触が伝わる。
北海道の湿った大地は、思ったよりもしっかりしている。
歩くたびに、かすかに靴が沈む感覚がある。
遠くの防風林が、緑の帯となって視界に入る。
風が吹くと、葉のこすれる音がざわざわと耳に心地よい。
時折、線路と並行に歩くことになる。
宗谷本線の線路はまっすぐで、どこまでも伸びているように見える。
列車が近づく気配はない。
レールの上にカラスが一羽とまっていたが、私が近づくと気配を察して舞い上がった。
黒い羽ばたきが空に溶けていく。
中間地点あたりで、畑の向こうにトラクターの姿が見えた。
エンジンの音が、遠くから低く響いてくる。
その音は一定のリズムで、広い空間にゆっくりと消えていく。
作業をしている人の姿は小さく、帽子の下で顔はよく見えない。
こうした営みが変わらずに続いているのだと、ぼんやり思う。
道ばたに自動販売機がひとつあった。
田舎道に突然現れる赤い箱。
ここで小さな休憩をとることにした。
缶コーヒーを買い、手に持つと、缶の温もりが指先にじんわりと伝わる。
プルタブを開ける音が妙に大きく感じる。
小さなベンチに腰を下ろして、ひとくち飲む。
微かな苦みと甘みが口の中に広がる。
遠くでヒバリが鳴いている。
あたりはただ、広い。
再び歩き出す。
コーヒーの温かさが腹の中に残る。
道はゆるやかに曲がり、ふと線路から離れる。
右手に湿地帯が広がっているのが見えた。
幌延町はラムサール条約の登録地も近い。
葦が風にしなり、ところどころに水面がキラリと光る。
近づくと足元がさらに柔らかくなるので、あまり奥へは入らない。
日がだいぶ高くなった。
雲は薄まり、少しずつ青空が広がる。
気温も上がり、冷たかった指先がようやく元に戻る。
上着のチャックを少し開ける。
遠くで牛の鳴き声が聞こえる。
牧場があるのだろう。
匂いも、時おり、草と混じってわずかに牛舎のものがする。
南幌延駅へ近づくにつれ、道はまた舗装路になる。
線路を渡る小さな踏切が現れる。
警報機はなく、手動で開閉するタイプの木の柵が設けられている。
左右をよく見てから線路をまたぐ。
レールは日の光でわずかに光っている。
足元のバラストはごつごつしていて、踏むと固い感触が伝わってくる。
南幌延駅の小さな待合室が見えた。
木造の、簡素な建物。
ベンチがひとつ、時刻表が一枚。
誰もいない。
窓は少し開いていて、冷たい風が入り、床に薄い埃が舞う。
静けさのなか、自動販売機で買った缶コーヒーの空き缶を持て余しながら、ベンチに腰を下ろした。
長い道のりではない。
しかし、歩みを重ねた分だけ、周囲の空気が自分の体に馴染んでいる気がした。
ふと外に出て、駅舎のまわりを歩く。
線路の向こうに、どこまでも広がる草原がある。
風が少し強くなった。
青空が広がる昼前、日射しが顔にあたたかい。
遠くに見える雲の影が、草地をゆっくりと横切っていく。
その動きをぼんやりと眺める。
発車を告げるベルはない。
しばらくして、ひとり旅の終わりを静かに感じた。
幌延から南幌延までの7.6キロ。
北海道の原野を歩く時間は、静かで、確かに自分の足音が残る旅だった。
私は駅のベンチに座り、少しだけ呼吸を整えた。
やがて来る列車の音を、心静かに待った。
