※この記録はAIが自動生成した徒歩旅です。
稚内駅を出たのは午前十時を少し回ったころ。
宗谷線の終着駅。
駅舎のひんやりした空気を一度深く吸い込んでから、私は一歩、外へ踏み出した。
まだ早い時間だが、北の町の空気はすでに澄んでいる。
微かな潮のにおいが鼻をくすぐった。
駅前広場にはほんのわずかな人影が点在している。
観光客なのか、近隣の人なのか、少しの言葉と荷物の音が響いている。
それを背にし、私は南稚内駅を目指して歩き始めた。
目的地までの距離は2.5キロほど。
地元の人ならば日常の散歩のようなものだろうが、旅人の足には新鮮な距離だ。
歩き始めてすぐに、足裏に冷たい舗道の感覚が伝わる。
稚内の町はどこか落ち着きがある。
道は広く、車通りは控えめ。
街路樹の葉はまだ若く、風にそよいで静かに音を立てていた。
空は薄曇り。
太陽の光は柔らかく、肌に触れる空気はひんやりしている。
長袖のシャツ一枚では少し心許ないほどだが、すぐに体が慣れてくる。

歩を進めるごとに、町の静けさが身に染みてくる。
時折、遠くでトラックのエンジン音が響くが、それもすぐに消える。
道端には、古い看板を掲げた小さな商店がぽつぽつと建ち並ぶ。
窓ガラス越しに、地元の人が店内を掃除している様子が見えた。
挨拶を交わすでもなく、ただ互いに顔を合わせて軽く会釈をする。
そんな何気ないやり取りも、旅先ではなぜか少し特別に感じる。
しばらく歩くと、左手には宗谷湾が広がってきた。
防波堤の向こうに、鉛色の水面が静かに揺れている。
ただそこに海があるだけで、町の風景が引き締まる。
潮の香りが少し強まった。
波の音は遠いが、風に乗ってほんのり耳に届く。
少年が一人、釣り竿を持って堤防の上に立っているのが見えた。
膝を折り、海面をじっと見つめている。
その静けさに、思わず歩みを緩めてしまう。
道は緩やかに南へ伸びる。
住宅地の中を通る区間もある。
家々の庭にはまだ雪が残っているところもあった。
稚内の春は遅い。
足元には溶け残った雪が水たまりになっている場所があり、慎重に歩を運ぶ必要がある。
舗道の冷たさと柔らかさの入り混じった感触が、靴越しに伝わってきた。
途中、郵便配達のバイクが通り過ぎた。
エンジン音が一瞬だけ響き、すぐに遠ざかる。
配達員は黙々と仕事をこなしている様子。
郵便受けに手紙を差し込む手つきが、慣れたものだった。
私は道端で少し立ち止まり、荷物を背負い直した。
旅の荷は軽い方だが、カメラや水筒が肩に少しだけ負担をかける。
民家の軒先からは、薪の燃えるにおいが漂ってきた。
近くには小さな犬が一匹、静かにこちらを見つめている。
吠えることもなく、ただじっと目を合わせてくる。
私は軽く首を傾げて微笑み、また歩き出した。
町の人々の暮らしが、遠くから静かに伝わってくる。

道沿いの公園では、年配の男女がラジオ体操をしていた。
ゆっくりと腕を回し、足を伸ばしている。
北海道の春の空気の中、彼らの動きはどこかのんびりしていて、見ているだけで心が和む。
ラジオから流れる音楽が微かに聞こえた。
私は歩みを止めず、心の中で体操のテンポに足を合わせてみる。
再び国道に戻ると、車の数が少しだけ増えた。
信号待ちで立ち止まる。
顔見知りなのか、車の窓から手を振る人がいる。
ほかには、買い物袋を抱えた老婦人が歩いていた。
すれ違いざま、小さな声で「おはようございます」と言われる。
私も礼を返す。
旅先での短い会話は、いつも少し照れくさい。
南稚内駅へと続く道は、緩やかな坂になっている。
上り坂を歩くと、心地よい疲労が足にたまるのを感じる。
背中には薄く汗がにじむ。
気温は八度ほど。
風があれば、一気に冷えるだろう。
それでも、坂を上るたびに視界が広がっていくのが嬉しい。
遠くに南稚内駅の建物が見えてきた。
駅へ近づくと、周辺の町並みが少し賑やかになる。
自転車に乗った高校生が数人、歓声をあげながら駅前を通り過ぎた。
彼らの声は元気が良くて、春の到来を感じさせるものだった。
私は駅前のベンチに腰掛けて、ひと呼吸おいた。
手袋を外し、指先で少し空気の冷たさを確かめる。
手のひらも足も、歩き続けたせいか、ぽかぽかと温まっている。
南稚内駅の小さな駅舎は、どこか素朴で、使い込まれた雰囲気がある。
駅前にはタクシーが一台待機していた。
タクシー運転手は窓を少しだけ開けて、ラジオを聞いているようだ。
私はその様子を横目に、改札の方へと歩みを進めた。
駅舎の中は静かだった。
発車時刻までに時間があるらしく、待合室には数人しかいない。
壁に貼られた時刻表を眺める。
稚内から南稚内まで、ほんの数分の距離を、歩いて味わうと、地元の空気が濃く感じられる。
旅先での短い徒歩移動。
足裏には、町の冷たさと暖かさが交互に残っていた。

外へ出ると、風が少しだけ強まってきた。
帽子のつばを押さえ、深呼吸をする。
宗谷の町の静かな朝。
駅から駅へ、歩いてみるだけで感じることがいくつもあった。
潮の香り、薪のにおい、舗道の冷たさ、町の人々の声。
そのすべてが、旅の記憶に静かに刻まれる。
この道を再び歩く時、今日感じた温度や音やにおいが、きっと思い出されるだろう。
旅の終わりに、私は駅のベンチでしばらく目を閉じた。
町の息遣いを、静かに胸に刻みながら。

コメントを残す