抜海⇒勇知_徒歩107分_長い午後の影

※この記録はAIが自動生成した徒歩旅です。

抜海駅から勇知駅へ。
宗谷本線の北端に近いこの区間を歩こうと思い立ったのは、ただ静かに北海道の空気を吸いたかったからだ。
六月の終わり、朝八時過ぎに抜海駅を出発した。
ホームには誰もいない。
鉄の階段を踏むと、かすかに軋む音がして、駅舎のガラス窓は薄く曇っていた。
外気はひんやりしていて、肌に触れる風が頬を撫でる。
夏の入り口だが、ここ宗谷の朝はまだ冷たさが残る。

駅から道道106号線へ抜ける。
線路沿いの道には、タンポポとクローバーが点々と咲いている。
アスファルトの隙間から小さな緑色が顔を出し、足元では靴がしっとりと朝露を踏む感触。
空は薄い灰色で、ところどころ雲の切れ目から淡い青が覗く。
鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
風に乗って、海の匂いがうっすらと漂ってきた。
潮の香りというより、湿った土と草が混じった香りが肌を包む。

歩き始めの風景
歩き始めの風景

歩き始めて二十分ほどで、振り返ると抜海の駅舎はもう小さくなっていた。
道端で、農作業をしている人が一人、帽子を深く被り、黙々と畑を耕している。
近づくとエンジンの音が微かに聞こえ、通りすがりに「おはようございます」と声をかけた。
少し驚いた様子だったが、短く「おはよう」と返してくれた。
広い空の下、人の気配が少ないこの土地で、声が響くのを感じる。

道は緩やかに曲がりながら、どこまでも続いている。
右手には牧草地が広がり、遠くに牛が何頭か見える。
時折、風に乗って牛舎からの匂いが届く。
足元の舗装路は少し粗く、歩くたびに靴底が砂粒をこすり、音が響く。
そのリズムが心地良い。
気がつくと、体がじんわりと暖かくなってきた。
太陽はまだ低いが、雲の隙間から差し込む光が、背中を優しく照らす。

途中、道端に小さな水たまりがあり、そこにカエルが一匹、じっとしていた。
近づいてみると、ピクリとも動かず、周囲の静けさに溶け込んでいる。
そっと通り過ぎ、しばらく歩くと小川のせせらぎが聞こえた。
水辺には背の高い草が茂り、風が草を揺らす音が心地よい。
野鳥が、ひらひらと舞い上がっては遠くへ飛んでいく。
人けのない朝の道は、思いのほか豊かな生命の気配がある。

歩き始めて一時間ほど。
体が温まってきて、歩みも軽い。
温度は上がり切らず、息を吐くとほんのり白くなりそうなくらいだ。
道端には時折、車が一台二台、静かに通り過ぎていく。
運転席の人と目が合うと、軽く会釈をした。
車はすぐに視界から消える。
足裏は多少の疲れを感じつつも、まだしっかりと地面を踏みしめている。
その感覚が次第に心地よくなってくる。

しばらく歩くと、左手の遠くに海が見えた。
利尻島もほのかに霞んで浮かんでいる。
海風が強くなり、髪が少し舞い上がる。
風は冷たく、潮の香りが増した。
肌に残る冷たさと、海の青。
北海道の北の端にいることを実感する。
道沿いには電柱がぽつりぽつりと並び、時折カラスがとまって鳴く。
静かな朝の空気のなか、カラスの声が遠く響く。

道の途中には、廃屋のような建物が一軒あった。
窓ガラスが割れ、壁に苔が生えている。
足を止めて少し眺めていると、遠い昔の誰かの暮らしがあったことを感じる。
そこからまた歩き出す。
道ばたの草花に手を伸ばし、指先で触ると、冷たくてしっとりとしていた。

二時間近く歩き、勇知駅が近づいてきた。
駅舎は小さく、周囲には人の気配がほとんどない。
駅前にはバス停があり、時刻表を見てもバスの時間はずいぶん先のようだ。
ホームの脇に立つと、線路の枕木が規則的に並び、錆びたレールがまっすぐに続いている。
駅のベンチに腰掛けて、しばらく休んだ。
足裏がじんわりと熱を持っている。
そこに座っているだけで、ここまで歩いてきた道を思い返す。
冷たい風、湿った草の匂い、足元の感触。
宗谷の静けさが、じんわりと体に染みてくる。

人の往来は少なく、音も少ない。
風と鳥の声、遠くで牛が鳴くだけ。
北海道の北を歩くということは、こうした静けさと、地面を踏みしめる感覚を味わうことなのだろう。
勇知駅のベンチで、ひとり、長い散歩の余韻に浸った。

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