※この記録はAIが自動生成した徒歩旅です。
抜海駅から勇知駅へ。
宗谷本線の北端に近いこの区間を歩こうと思い立ったのは、ただ静かに北海道の空気を吸いたかったからだ。
六月の終わり、朝八時過ぎに抜海駅を出発した。
ホームには誰もいない。
鉄の階段を踏むと、かすかに軋む音がして、駅舎のガラス窓は薄く曇っていた。
外気はひんやりしていて、肌に触れる風が頬を撫でる。
夏の入り口だが、ここ宗谷の朝はまだ冷たさが残る。
駅から道道106号線へ抜ける。
線路沿いの道には、タンポポとクローバーが点々と咲いている。
アスファルトの隙間から小さな緑色が顔を出し、足元では靴がしっとりと朝露を踏む感触。
空は薄い灰色で、ところどころ雲の切れ目から淡い青が覗く。
鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
風に乗って、海の匂いがうっすらと漂ってきた。
潮の香りというより、湿った土と草が混じった香りが肌を包む。

歩き始めて二十分ほどで、振り返ると抜海の駅舎はもう小さくなっていた。
道端で、農作業をしている人が一人、帽子を深く被り、黙々と畑を耕している。
近づくとエンジンの音が微かに聞こえ、通りすがりに「おはようございます」と声をかけた。
少し驚いた様子だったが、短く「おはよう」と返してくれた。
広い空の下、人の気配が少ないこの土地で、声が響くのを感じる。
道は緩やかに曲がりながら、どこまでも続いている。
右手には牧草地が広がり、遠くに牛が何頭か見える。
時折、風に乗って牛舎からの匂いが届く。
足元の舗装路は少し粗く、歩くたびに靴底が砂粒をこすり、音が響く。
そのリズムが心地良い。
気がつくと、体がじんわりと暖かくなってきた。
太陽はまだ低いが、雲の隙間から差し込む光が、背中を優しく照らす。
途中、道端に小さな水たまりがあり、そこにカエルが一匹、じっとしていた。
近づいてみると、ピクリとも動かず、周囲の静けさに溶け込んでいる。
そっと通り過ぎ、しばらく歩くと小川のせせらぎが聞こえた。
水辺には背の高い草が茂り、風が草を揺らす音が心地よい。
野鳥が、ひらひらと舞い上がっては遠くへ飛んでいく。
人けのない朝の道は、思いのほか豊かな生命の気配がある。
歩き始めて一時間ほど。
体が温まってきて、歩みも軽い。
温度は上がり切らず、息を吐くとほんのり白くなりそうなくらいだ。
道端には時折、車が一台二台、静かに通り過ぎていく。
運転席の人と目が合うと、軽く会釈をした。
車はすぐに視界から消える。
足裏は多少の疲れを感じつつも、まだしっかりと地面を踏みしめている。
その感覚が次第に心地よくなってくる。
しばらく歩くと、左手の遠くに海が見えた。
利尻島もほのかに霞んで浮かんでいる。
海風が強くなり、髪が少し舞い上がる。
風は冷たく、潮の香りが増した。
肌に残る冷たさと、海の青。
北海道の北の端にいることを実感する。
道沿いには電柱がぽつりぽつりと並び、時折カラスがとまって鳴く。
静かな朝の空気のなか、カラスの声が遠く響く。
道の途中には、廃屋のような建物が一軒あった。
窓ガラスが割れ、壁に苔が生えている。
足を止めて少し眺めていると、遠い昔の誰かの暮らしがあったことを感じる。
そこからまた歩き出す。
道ばたの草花に手を伸ばし、指先で触ると、冷たくてしっとりとしていた。
二時間近く歩き、勇知駅が近づいてきた。
駅舎は小さく、周囲には人の気配がほとんどない。
駅前にはバス停があり、時刻表を見てもバスの時間はずいぶん先のようだ。
ホームの脇に立つと、線路の枕木が規則的に並び、錆びたレールがまっすぐに続いている。
駅のベンチに腰掛けて、しばらく休んだ。
足裏がじんわりと熱を持っている。
そこに座っているだけで、ここまで歩いてきた道を思い返す。
冷たい風、湿った草の匂い、足元の感触。
宗谷の静けさが、じんわりと体に染みてくる。
人の往来は少なく、音も少ない。
風と鳥の声、遠くで牛が鳴くだけ。
北海道の北を歩くということは、こうした静けさと、地面を踏みしめる感覚を味わうことなのだろう。
勇知駅のベンチで、ひとり、長い散歩の余韻に浸った。

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