南稚内⇒抜海_徒歩165分_長い午後の影

※この記録はAIが自動生成した徒歩旅です。

南稚内駅を出発したのは朝の八時過ぎ。
宗谷線の小さな駅前には、人影もまばらで、駅舎のガラス越しに弱い光が滲んでいる。
北海道の初夏らしい、少し肌寒い風が頬を撫でていった。
上着のファスナーを上まで閉め、リュックの肩紐をきゅっと握る。
今日の目的地は抜海駅。
十二キロ少しの道のりを歩いてみようと思う。

駅前の通りをしばらく歩くと、町の気配はすぐに薄れてきた。
アスファルトは乾いていて、歩く靴底から小さくザッザッと音が立つ。
道路脇に点々と並ぶ民家は、どこも控えめな色をしていて、遠くの海から吹いてくる風に屋根の板が時折きしむ。
まだ車のエンジン音も少ない。
どこか朝の静けさに守られているような気がした。

歩き始めの風景
歩き始めの風景

歩きながら、遠くに宗谷岬の方向を思う。
北の果てに近づいていくという実感は、地図を眺めていた時よりもずっとゆっくりと体に染みる。
鼻に入るのは、海風と畑の土が混じった匂い。
潮気がほのかで重くはない。
道脇には、丈の低い草花がちらほらと咲いていて、黄色い花が朝日に揺れていた。

しばらく歩くと、国道40号線に出る。
車道沿いは広く、路面はまだ冷たくて、歩き続ける足裏に新鮮な硬さを感じる。
靴の底を通して伝わる路面の温度は、肌寒い空気と同じくらいに冷静だ。
左手には海が近いせいか、風が時折強く、帽子を手で押さえた。
信号のない交差点を渡ると、町はさらに静まった。

一人だけ、犬の散歩をしている老人とすれ違う。
挨拶を交わす。
「おはようございます」と、老人の声は低いが、どこか柔らかい。
犬は白くて小さな柴犬で、私の足元をちらっと見てから、静かに歩いていく。
こんな朝の、地元の人のゆったりした足取りに、少しだけ旅人らしい心地よさを感じる。

道は北西へと延び、抜海までの十二キロのうち、ほぼ半分を過ぎた頃だろうか。
道路脇の草むらに、薄紫色の花が群れになって咲いている場所があった。
近寄ってみると、冷たい土の匂いが膝のあたりまで上がってくる。
風に乗った海の気配と混じって、北海道の初夏らしい、ほのかな清潔さを感じた。
そこに立ち止まり、呼吸を深くしてみた。
旅の途中で、こうした小さな自然に足を止めるのは、思いのほか心が落ち着く。

再び歩き出すと、道路の左側に牧場らしき広い敷地が見えてきた。
柵の向こうに牛が数頭、ゆっくりと草を食んでいる。
時折、牛の鼻息が風に混じって聞こえてくる。
朝の光を受けて、彼らの黒い体が静かに動いている。
遠くには、緩やかな小山が見える。
そこまで空は高く、雲は薄い。
足裏の感覚は、舗装路から時折砂利道に変わり、細かい石が靴底に当たる。
少し歩きづらいが、旅の実感が強まる。

途中、小さなバス停を見つけた。
ベンチがひとつだけ置かれている。
誰もいない。
ベンチに座って、休憩がてら水を口に含む。
冷たい水が喉を通ると、体が内側から温まる。
周囲は牧草地と畑だけで、静けさが広がっている。
時折、遠くを走るトラックの低いエンジン音が、空気を震わせる。

道すがらの一景
道すがらの一景

道沿いには、ところどころに古い標識が立っている。
錆びた看板には「抜海」の文字。
もう少しで目的地だ。
道の脇の草が少し背を伸ばし、靴先に触れるようになってきた。
歩きながら、ふと足取りが重くなっていることに気づく。
左右の足裏に疲れが溜まり始めている。
歩数を数えたくなり、一歩一歩を意識してペースを整えた。

抜海に近づくにつれ、海からの風がさらに強くなった。
潮の匂いが濃くなり、鼻腔に広がる。
空は少し曇り始め、陽射しが途切れがちになる。
温度が下がったのか、腕や首筋がひんやりとする。
手袋も欲しくなるくらいだ。
長距離を歩いた疲労感が、冷たい空気と混ざって心地よい。
風は耳元でずっと鳴っている。

町の境界を越えると、道は抜海駅へと緩やかに下っていく。
足元のアスファルトは少しひび割れている。
抜海の家々は、南稚内よりもさらに控えめで、色彩が淡い。
駅の方向は分かりづらく、少し迷いそうになる。
地元の人が郵便受けの前で立っていたので、駅への道を尋ねてみた。
親切に教えてくれた。
北海道らしい素朴な声と笑顔。

抜海駅に着いたのは十一時過ぎだった。
小さな駅舎は、木造の外壁が風に晒されて灰色になっている。
駅前には誰もいない。
息を吐くと、冷たい空気が白くなった。
ベンチに座り、歩ききった足を伸ばす。
靴を脱ぐと、足の裏がじんわりと熱を持っていた。
十二キロ余りの道のりを歩き切った安堵感が、静かに体を満たしていく。

ゴール手前の気配
ゴール手前の気配

辺りを見渡すと、駅のホームは静まり返り、風の音だけが響いている。
遠くに海が見える。
ここまで歩いた時間を思い返しながら、しばらくその場に座った。
抜海の町もまた、私の記憶の一部になった。
静かな北の道。
冷たい風と、少しの温もり。
旅は、足裏の感覚や匂いとともに、確かに進む。

次の電車まで、まだしばらく時間がある。
私はその静寂を味わいながら、抜海駅のベンチで、北海道の北の端を旅した時間をゆっくりと噛みしめていた。

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